薬膳って?
あなたは ”雪” が溶けたら何になると思いますか?水になる?
春になる?
春をイメージすると、人それぞれに違います。 新緑を思い浮かべる人、柔らかな小川のせせらぎを思い浮かべる人、咲き乱れる花々を思い浮かべる人…それぞれに”春”のイメージが違います。
薬膳の考えは、そんな感じに捉えて頂けたら理解しやすいと思います。
服で云えばワンパターンの既製服ではなく、自分の体に合ったオーダーメイドの服の感じです。
自然界の中の生き物である私たちの体は、太陽や月、雨や風、巡る季節の影響を受けながら存在しています。
「春」木々は芽を出し、青々と生い茂り、やがて実をつけ、「冬」には枯葉となって再び「春」を待つように、私たちの体のリズムも、春から夏、秋、冬と「五臓六腑」が季節と共に働き、精神も自ずと季節と共に巡るという心身一体の考えが、薬膳の基本にあります。これを「陰陽五行」という言葉で表しているのですが、難しい話ではありません。自然の営みにさえ心を向ければ、誰にでも解る話です。
薬膳を学ぶには中国医学にまでさかのぼり、それは自ずと中国の歴史でもあるわけです。皆様もよくご存じの三国時代の”魏の曹操”も、薬膳食の立役者として登場します。今回は歴史をかい摘んで面白いエピソードを綴ってみたいと思います。
「人の病はどこから来るのか?」と、二千年も前に論争をしています。
病は、風から来るのか?寒さから来るのか?暑さから来るのか?体内から表れるのか?… はたまた死人の怨霊から来るのか?…と、病の原因を追究しつつ、その時代の流行り病に合った医術が取り入れられては消えていきました。
陰陽師の加持祈祷が持てはやされた時代の話しでは、SEXによって病がもたらされるとして、SEXを禁止した時代があったとか、なかったとか…。医療の中心はいつの時代、どこの国も、皇帝や貴族の間の話であって、民、百姓にあっては”食べる”ことに必死で、病は何処から来るもなにも食べられずに、家族の誰かが明日死ぬかもしれない状態が連綿と続いてきた…歴史でもあるわけです。現代もそれに近い状況がある事は、周知の通りです。
医療とは? 食養とは? 突き詰めると、その先にあるのは、「生きるとは?…」に行き着いてしまいます。
「気」の吸収
現代の栄養学は研究が進んでいて、どの食材にはどんな栄養がどれだけ含まれているのか、それが人体にどれくらい必要なのかが詳しく分析されています。昨今では、各種栄養素をバランスよく配合したお菓子や飲み物、加工食品が売られていますが、そうした加工での人工のプロセスは、自然の食材の「気」を抜き取ってしまいます。工場で作られた人口食品からは大自然の「気」を吸収することは難しいのです。
精製、加工、冷凍、温室、養殖などの技術が出てきたのは、長い人類歴史から見ればつい最近の事です。それまでのとてつもない長い時間、人類は自然の物ばかりを食べて命を繋いできました。それを「原始的」と見るか、「人としての食のあり方の基本」と見るのか……。
また「気」は、自然界からの吸収だけでなく、色々な人との交流からも吸収すると同時に、自らも周囲に「気」を放っています。料理などを作ってくれる人の「気」も同時に吸収するということです。
どんなに旬の物を、鮮度の良い物をと選んで手作りしても、ブツブツ文句を云いながら調理すれば、その「邪気」によって生命力が根こそぎ奪われてしまいます。
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